2015年10月6日火曜日

7泊8日北陸ツーリング【3日目】 なぎさドライブウェイ~能登金剛~「まれ」ロケ地巡り~輪島泊

北陸ツーリングは三日目。
今日は、今回のツーリングでも一番楽しみにしていた能登半島一周。
輪島に一泊し、2日かけてじっくり見て回る計画です。
今日も6時に起きて、ホテルの大浴場で朝風呂を浴びて覚醒。

公式HPから
ルートインのバイキングは、実に充実しています。
しかも、それぞれのご当地のものや、ホテル独自の工夫があって、画一的でないのがいい。
今日も和洋折衷のセレクト。
もちろん卵料理と生野菜はマストです。
これでも全ての料理を取ったわけではありません。


食後のコーヒーを楽しんだ後、部屋で身支度をして、7時20分には出発しました。



まだ早い時間なので、朝の渋滞は避けることが出来ました。
地方都市の交通ラッシュは都会のそれよりもすごいというのを、この3年の、四国、九州のツーリングで知りました。
市街地を抜けて海岸へ。
のと里山海道に入ります。



朝方は雲が多く、海の灰色に見えますが、予報では晴れてくるはずです。




のと里山海道を今浜ICで出ます。



インターから3分ほど。
なぎさドライブウェイはここから始まります。
大学時代に友人たちとレンタカーで走って以来ですから、35年ぶりでしょうか。



平日の朝早いこともあって、他に走っている車はありません。
すごく気持ちいい。



バイクを止めて記念撮影。
おっかなびっくりスタンドを立てますが、どうやら大丈夫。


少し日が差してきました。


車を波打ち際まで寄せて、釣りを楽しむ人がいます。


広々とした砂浜に、自分のバイク。
不思議な感覚です。


嬉しくて、何枚も記念写真を取りました。
もちろん自撮りも。


青空が見えてきました。


砂浜を疾走する気分はパリダカールラリー。



途中途中で写真を取りながら、なぎさドライブウェイを楽しみます。



更に北に向かって走ります。
どこまでも続く砂の道。



漁師さんたちが地引網を引いていました。


カラスの群れが、おこぼれを狙って虎視眈々。


なぎさドライブウェイもここまでです。



再びのと里山海道へ、千里浜ICから入ります。
砂でスリップするので、左折は要注意。



これから先は、風景が一変して変わり、険しい能登金剛となります。



のと里山海道を柳田ICで下りて、国道249号線を海岸沿いに走ります。



最初のポイントは旧福浦灯台



道は行き止まりになっていますが、バイクなら行けそうな気もします。
近くにいた地元の方に聞いたところ
「バイクなら行けなくはないけど、やめた方がいいかな」
とのこと。
アドバイスに従い、ここにバイクを止めて歩くことにしました。


先ほどまでの千里浜とうって変わって、険しい岩場が続いています。
このあたりから能登金剛の始まりです。


旧福浦灯台への入り口がありました。
確かにこの道は、バイクでも無理そうです。


バイクを止めたところから、徒歩で10分弱。
灯台が見えました。


旧福浦灯台
1608年(慶長13年)に日野長兵衛が夜に航行する舟の安全のために篝火を焚いたのが始まりとされます。
元禄年間に灯明堂が建てられ、日野家が代々灯明役として守ったといいます。
現在の灯台は1876年(明治9年)に日野吉三郎が建造したもので、日本最古の西洋式木造灯台です。


1910年(明治43年)に福浦村営の灯台となり、現在の福浦灯台が設置される1952年(昭和27年)まで使用されました。
1965年(昭和40年)、日本最古の西洋式の木造灯台としての価値を認められ、石川県指定史跡に指定されました。
高さは約5mで、内部は3層になっています。


灯台の手入れをしていた集落の男性に話しかけれれて、立ち話。
「ここは車が入ってこれないのに、集落があるんですね。生活が大変ですよね」
「この先の神社までしか車は入ってこれないから、みんな歩きなんですよ」
こんな断崖絶壁のすぐそばまで家がありますが、今の時代に車なしとは大変です。
「なんで、こんな所に住んでるのかわからんけどね。空はどんより曇って、風はきついし、雪は積もるし」
と言って笑います。
今日は、暑いくらいのいい天気。
この集落で何百年と代々暮らしてきたのでしょう。
「わざわざこんな所に訪ねてきてくれてありがとう」
「いえ、とても素敵でした。こちらこそお話ありがとうございました」
「気をつけて」
旅先で地元の人とお話ができるのは、ツーリングの楽しみのひとつです。




その旧福浦灯台から10分足らずで能登金剛屈指の景勝地、巌門(がんもん)です。


松本清張の小説「ゼロの焦点」で有名になった能登金剛の断崖絶壁。
「雲たれてひとりたけれる荒波を恋しと思えり能登の初旅」
松本清張作「ゼロの焦点」の小説の影響を受けて、能登金剛に身を投じた女性を哀悼するため、1961(昭和36)年7月に建てられました。
悲劇のヒロインを想いここを訪れるファンも多く、そんなヒロインの運命を悲しく謳っている松本清張の歌碑が、ここ巌門にあります。


眼下には遊覧船の船着場が見えます。


遊歩道をつたって下りて行くことにします。


険しい断崖と荒々しい波は、能登金剛を最も象徴する光景です。


中でも巌門は代表的。
浸食によってぽっかりとあいた洞門は、幅6メートル、高さ15メートル、奥行き60メートル。
その向こうには日本海が広がり、岬の頂には老松が茂っています。


洞門の脇には通路があり、向こう側に抜けられるようになっています。


急な階段を抜けると、目の前に、美しい風景が広がっていました。




ここからは、海岸沿いの道を走りながら、名勝を巡ります。
伊勢の二見岩によく似ている事から「能登二見」とも呼ばれていている機具岩(はたごいわ)


能登に織物の業を広めた渟名木入比咩命が、突如山賊に会い、思わず背負っていた織機を海中に投げたところ、忽然と岩に変じたという伝説が残っています。


能登屈指の夕日のスポットとしても知られています。
16mと12mの高さの二つの岩が寄り添い、太い注連縄で結ばれている夫婦岩です。
ただ、伊勢の二見岩は、高さ9mの方が男岩、高さ4メートルの方が女岩に対して、能登の機具岩は高さ16mの方が女岩、高さ12mの方が男岩なのです。




更に少し北に走ると、能登金剛には珍しい砂浜が広がります。


延長4キロの白砂青松の浜辺で、和歌山県の和歌浦、神奈川県の由比ヶ浜と並び、日本小貝3名所の1つといわれています。


海岸には、かつてギネスブックにも掲載されたことがある、全長約460メートルの世界一長いベンチがあります。




石川県道49号線に沿って北上します。
小さな漁村をいくつか走り抜けると、その先に、巌門と並ぶ能登金剛のもう一つのハイライトに着きます。



バイクを駐車場に止めて、崖の上の道を歩きます。


義経の船隠し


1185(寿永4)年、兄頼朝の厳しい追手から逃れる義経と弁慶らが、奥州へ下る途中、おりからの荒波を避けるため、入江に船を隠したと伝えられている岩場。
細く奥に長い入江で、沖から見えにくく、48隻も船を隠したといわれています。


もっと下に下りると、少し北にあるヤセの断崖がよく見えるそうですが、それはかなり危険。


再び駐車場に戻って、今度はヤセの断崖へ。


松本清張の名作「ゼロの焦点」の舞台となった断崖絶壁です。
1961(昭和36)年、2009(平成21)年、二度にわたって公開された映画の撮影地で、能登金剛の中でも人気のスポットです。
その昔、周辺の土地がやせていたことや、断崖に立つと身が「やせる」思いがすることから、「ヤセ」の名がついたと言われています。


高さ35メートルの崖から一望する日本海は、一見の価値があります。


北には関野鼻


南には先程の弁慶の船隠し


今回の旅の大きな目的の1つ、能登金剛と松本清張の世界を堪能しました。




ヤセの断崖を後に、国道249号線を北上します。
険しい断崖絶壁ではなく、岩場ながらも平坦な風景となります。


途中に輪島市黒島地区伝統的建造物群保存地区があります。


日本海航路による海運業の発展の中で北前船の船主および船員(船頭や水主)の居住地として栄え、江戸後期から明治中期にかけて全盛を極めた集落です。


2007年度から二ヶ年にわたる伝統的建造物群保存対策調査により、独特の平面形式や外観を見せる町家等が伝統的建造物群を構成し、周辺の自然環境を一体となって歴史的風致を今日によく伝えていることが明らかにされました。


2007(平成19)年3月に発生した能登半島地震により大きな被害を受けつつも、「伝統的建造物群及び地割がよく旧態を残している」として、2009(平成21)年重要伝統的建造物群保存地区に選定されました。



その先、国道249号線は内陸部に入ります。
そろそろランチタイムですが、ご飯が食べられそうな店は全くありません。



そのまま、次の目的地総持寺祖院の門前に着いてしまいました。


門前に茶房福助という店がありました。


店の入り口に、食事が出来る案内がありました。

他に選択肢もありませんし、暖簾をくぐります。
落ち着いた民芸調の店。


テーブル席には地元と思われるご年配のお客さんが焼きそばを食べています。
どうやらみんなご近所なのか、顔見知りの様子。


私は門前そばにしました。


普通のそばとの違いは、山芋入りだという説明。
出てきた門前そばは、がっかりするほど私には少ない量。


小鉢はどちらもキノコで、おろし和えと煮物です。
これは旨かった。


素朴な味わいのそば。


赤巻が入っていました。
昨夜の金沢おでんを思い出しました。


私の胃袋では、この量はあっという間。
つゆも田舎風の濃いめですが、暑くて疲れているので、飲み干して塩分補給。


私より少し若いと思われる女性が女主人のようで、ホール係はその母親でしょうか。
やけに元気なおばあさんでした。



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総持寺祖院には大学時代にも立ち寄ったはずですが、記憶はあいまいです。


1321(元亨元)年に開かれた曹洞宗の古刹。
末寺16,000を数える大本山でしたが、明治31年の火災により境内が焼失し、本山が横浜に移され祖院となりました。


祖院とは言え荘厳な趣で当時の繁栄ぶりが偲ばれます。


見学には問題ありませんが、あちらこちらで能登半島地震で損壊した建物の修復作業が現在も行われていました。




金沢を出発し、なぎさドライブウェイから能登金剛を巡ってきた今日の能登半島ツーリング。
今日の最終目的地は輪島ですから、西半分を半周することになります。
ヤセの断崖関野鼻を過ぎると、能登西岸沿いを走る道も視界が開けて来ます。
今日のツーリングの前半のコンセプトは松本清張「ゼロの焦点」でした。
後半はNHKの朝ドラ「まれ」のロケ地を訪ねます。
最初のスポットは琴ヶ浜


砂の上を裸足で歩くと「キュッキュッ」と音がする泣き砂の浜として有名な浜です。
鳴き砂は全国でも30ヶ所余りしかありません。
夕暮れには、水平線に沈む夕陽が空と海を赤く染め、幻想的な光景が広がります。


2003年に海水浴場として整備され、奥能登の夏を満喫できる新たな名所となっています。


「まれ」のオープニングで希が踊っているのは、この場所です。
美しい能登の夕日をバックに白い衣装で踊る姿が印象的でした。


砂が泣いてくれるかと思って色んな歩き方をしてみましたが、残念ながら確認できませんでした。




国道249号線を離れて、石川県道38号線へ入ります。
これから向かうのは、海岸線沿いには道路が繋がっていない、輪島市七浦という大変不便な集落です。


狭い道を山越え。
この県道の先がメインのロケ地、輪島市大沢集落。
ドラマでは外浦村という設定の場所ですが、マイカーや観光バスが押しかけて、離合困難なこの道は大変なことになったと聞きます。



その県道38号線から更に別れて県道266号線へ。
ピストン道路と言われる、特定集落にしか行けない道。



大角間(おおかくま)と書かれた道に入ります。


いよいよ道は狭く険しくなってきました。



それでも、こんな山奥に集落があります。



急に視界が開けました。
今日は天気が良いので、能登の美しい空と海が一望です。


このあたりは百成大角間(どうめきおおかくま)の畑
「まれ」のオープニングの最後、たくさんの村人たちが、畑の真ん中の大きなテーブルに駆け寄るシーンがあります。
正確な場所はわかりませんでしたが、この畑のどこか、です。
誰かに尋ねようにも、誰もおらず
「確かこのあたりだったかなぁ」
という所をカメラに収めました。
訪れてみると、かなり高低差のある段々畑で、農作業はかなり大変そうです。
ロケ車をどこに止めたのか、と思う位狭くて険しい道でした。




そのまま農道を海岸線に一気に下りて行きます。
輪島市七浦の集落。
能登半島の北海岸です。


希たちが通う外浦小学校の設定となっていた、七浦中学校




海岸沿いに、県道の一本裏の狭い路地を走ります。


キング美容室


ドラマでは「サロン・はる」という設定。




ここから、メインロケ地となった大沢集落は、海岸沿いの東にあたりますが、陸路でいくことはできません。
さきほど来た道を県道38号線まで戻ってから、また北上して海岸に向かわなければ ならないのです。

険しい山道を超えると、突然海に出て来ました。
輪島市上大沢の集落です。
この地域特有の「間垣」と呼ばれる垣根が張り巡らされています。


ここから西には、先ほどの七浦集落まで5.5㎞の遊歩道が整備されています。
しかし、車は通行できないので、大きく迂回してきたわけです。


能登半島の北海岸線沿いに、大沢集落に向かって東に走ります。




断崖絶壁を切り拓いた狭い県道を走ります。
バイクツーリングは気持ちいいですが、生活する人は大変です。



小さな湾と漁港のある集落に出て来ました。


ここが「まれ」のメインロケ地、輪島市大沢の集落です。


「間垣」と呼ばれるこの垣根は、苦竹(にがたけ)という細い竹を並べて作ったもの。
それが海沿いにびっしりと張り巡らされています。


「間垣」によって、夏は日光を遮って涼しく、冬は冷たい季節風を和らげて暖かく過ごすことができます。
更には、乾燥した竹垣が季節風から湿気を吸収する吸湿効果や、海鳴りや風の音を和らげる防音効果もあるのというのですから、古くから継承されてきた素晴らしい生活の知恵。


ところどころ間垣に穴が開いているのは、人や車が出入りするため。


ここは「まれ」のファンならすぐわかる外浦町役場


取り壊し予定だった元商店をセットに転用し、現在もそのまま残されています。
ドラマ放映中は大勢の人が押し寄せたそうですが、今日は誰もいませんでした。


この集落の鎮守、静浦神社


幼少期から学生の頃の希たちが、いろんな話をしていた場所です。


集落の上に上がってみます。


集落を見下すこの映像も、記憶に残るものでした。




大沢集落を後にして、石川県道38号線を輪島に向かって東に走ります。



県道にバイクを止めて、大きく身を乗り出すと、崖の下にちょっとだけ見える岬があります。


三ツ岩岬というこの場所は、田んぼの中をまっすぐな小道が真っ青な海に向かって伸びていて、そこを希や家族が歩いたり自転車で走ったりする心温まるシーンで登場します。


この場所に行くには、かなり回り道して崖を下りていかなければならず、時間の関係で県道からの撮影に留めました。




途中に眺めのよさそうな展望台がありました。


ゾウゾウ鼻というスポット。


ゾウの鼻に見えるそうですが、うーん、そうかなぁ。


遥か下に広がる大海原や西保海岸の曲がりくねった海岸線を一望できます。




さらに東へ。


少し平坦になってきました。
輪島市街はもうすぐです。


オープニングに出てくる祭りが行われいたのは、市内の漁港に近い住吉神社




輪島漁港に回ってみました。


この辺りは、劇中でも非常によく登場したシーン。




漁港にほど近いみなと橋という青い欄干の橋。
輪島市内を流れる河原田川に架かる最下流の橋。


高校時代の圭太が希に告白したのはこの場所。


その一本上流に架かる赤い鉄橋がいろは橋


圭太と希の青春の思い出の場所、と言えるでしょう。




その二人が通っていたのが、実在する石川県立輪島高校




そして希が就職した輪島市役所


時計は16時半。
そろそろホテルにチェックインしましょう。




今宵の宿は輪島では人気のルートイン輪島
朝市にも近い便利なロケーション。
何より天然温泉が魅力ですが、なかなか予約が取れません。
今回、3ヶ月前に旅行の計画を立てた時、既にこの週はこの日しか空いていなかったので、それを前提にツーリングプランを立てたほど。

チェックインして荷解きをしてから、早速温泉へ。
源泉掛け流しの湯は、やや茶褐色のしょっぱい泉質。
じんわりと疲れも取れていきます。

公式HPから
露天風呂もあり、ビジネスホテルとは思えない快適さです。

公式HPから

さっぱりとしてから、町に繰り出すことにしました。
奥能登では最大とはいえ、小さな町。
ホテルで貰った飲食店の地図と、ネットの情報などを検索して何軒か当たりを付けました。
実際に店を回って外観をチェックし、最後は自分の直感で決めるのが私の旅先の流儀。
まずはホテルから最も近い、浜通りに面した店に向かいました。
赤ちょうちんが風に揺れています。
山海川料理 なるせ


脇にも入口がありました。
こちらはガレージになっているようです。
風雨を避けるために、こうした囲いの構造になっているのでしょう。
今日見てきた大沢集落「間垣」と同じ発想かもしれません。
「まだ一軒しか見ていないけど、かなり好みだな」
と思いながら写真を撮っていると、中から小柄で笑顔の奥さんが顔を出しました。
「あら、いらっしゃい」
そう言われると、もう入るしかありません。
好みのタイプの居酒屋なので、断る理由も見つかりません。


構えは大きく見えましたが、カウンター六席のとても小さな店。


お店の天井には色紙が貼られていました。
「まれ」のスタッフも来たのでしょう。


カウンターには先客が一人。
狭い厨房には、とても明るくよく動きよく喋る奥さんと、黙々と手を動かしているご主人の二人。
まずは生ビールをもらいました。
今にも、暖簾をくぐって吉田類がひょっこり顔を出しそうです。


突出しは煮物。
里芋、高野、茄子、いわし、しし唐。
「いわしは骨まで食べられますから」
と、一見頑固そうなご主人から声がかかりました。
実は優しそうです。




お料理のメニューは全て短冊。
魚や一品から〆モノまで豊富なラインナップに、今宵の組み立てをどうするか悩みます。


黒板には今日のおすすめの魚が書かれています。
ここは、おまかせが良さそうです。
「すいません、オススメを少しずつ盛り合わせていただけますか?」

 
ご主人にお願いして作ってもらったお刺身の盛り合わせ
かんぱち地ダコヒラマサの腹鯖のこぶ締めです。


ひらまさは、わざわざ腹というところにご主人の拘りを感じました。
「美味しいでしょう。うちは地物しか使わないから」
とご主人。
もう一人の先客は地元のご常連のようですが、旅人然とした私にも親しく話しかけてきます。


こぶ締めは浅めの締め具合がとてもいい塩梅。
ねっとりした食感と脂ののった旨味が抜群。


後から来たご常連のお一人様は、
「煮物は何ができる?」
と聞いています。
「今日は、いわしがいいかな」
とご主人。
「じゃあ、それ一匹。この前多かったから」
いわしの煮物を一匹から注文できるとは驚きです。
ご主人は嫌な顔ひとつせずに作り始めます。
作り置きではないのです。
しばらくして出てきたいわしの煮物を見て、納得。
丸々と太った大きないわしだったからです。

私はもずくが気になったので、お願いしました。


シャキシャキとした食感。
ちょっと濃いめの三杯酢も、田舎らしくてこれはこれで良し。
「すごくシャキシャキしてますね!」
「それは、能登もづくって言って、このあたりで採れる岩もずくなんですよ。沖縄のもずく使ってるところが多いけど、私はここのものしか使わないんで」
一見無愛想に見えるご主人は、ネタと料理には拘りがあり、その話になると能弁になります。
奥さんはちょこまかと厨房を動きながら、接客とご主人のサポート。
「ようこそようこそ、どうもどうも」
というのが口癖のようです。
常連さんと話していて
「ほんとけっ?」
っと話す奥さんは、今日昼間にロケ地を巡った「まれ」の登場人物のようです。
実に微笑ましい、昭和の夫唱婦随。


ご予約が入っていたお一人様が現れました。
聞けば、二か月に一度ほど、金沢から定期的に出張で輪島に来る方だそうです。
来れば、必ずルートインに泊り、ここで飲むのだとか。
私の選択が正しかったことが証明されました。

日本酒を飲もうと思ったのですが、地酒(輪島)としか書いていません。
「銘柄は何があるんですか?」
と奥さんに尋ねると
「すぐ近所の酒蔵のなんですよ」
と、私にはよくわからない返事。


横で聞いていた出張の男性が引き取って説明します。
「このあたりの酒蔵は数が少ないし、小さいから、地元で消費する分しか無いんですよ。だから、輪島で地酒といえば、誰でもわかるんです」


奥さんがお酌をしてくれたのは、純米酒千枚田


清水酒造店と書かれています。


地物に拘るご主人ですから、地酒を置くのは当然のこと。
日本酒は、その土地の産のものが美味しくなるように作られているからです。
「この地酒は美味しいですね」
と言った後、
「あ、すいません。お造りももずくも美味しかったです」
と慌てて言い足した私。


黒板に書かれていたししっぽ焼きというのが、とても気になりました。
「どんな魚なんですか?」
「ほうぼうに似てるけど、エビしか食べないから、身の味がいいですよ」
とご主人。


身を開くと、いい香り。
やはりエビだけ食べているからでしょうか。
お醤油を垂らしていただきます。
これは、淡白だけど旨味があって実に美味。
日本酒との相性も抜群。


「頭と肝だけ残しておいてくださいね」
というご主人の指示。
「素揚げにでもするんですか?」
「いえ、お椀にするんですよ」
残した頭と肝をお椀に入れ、そこに熱湯を注ぎます。
ただそれだけの、即席潮汁。


お醤油をひと垂らしして、好みで身を突き崩して食べます。


こんなにシンプルで、素朴で、それでいて美味しい潮汁は初めてです。
「輪島ではこうやって食べるんですよ」
どなたかのお宅にお邪魔して、ご馳走になっているようなアットホームな雰囲気です。


お隣の出張の男性に倣って私も地酒は二本目。


純米酒おれの酒


これは先ほどの千枚田とは違う蔵元。
日吉酒造店と書かれていますが、やはり輪島。


赤ガレイ一夜干し
あまりにも何でも美味しい地物と地酒に、ついつい食が進んで頼み過ぎ。


「箸なんて使わないで頭と尻尾持ってガブッといってください。都会の人は上品だから」
と大阪から来た私にご主人は言います。
もうすっかり、このお店にいる皆さんと打ち解けました。


言われるままに食べました。
確かに、こうやって食べると、一段と美味しい。


お隣の金沢からのお客さんが、きのこ鍋を頼みました。
私も気になっていたので、相乗りです。


グツグツと煮えて美味しそう。
日本酒ともバッチリ合いそうです。


きのこ鍋には、なんと九種類のきのこが入っているそうです。
「苦いのはオオモンタケですよ」
と教わりました。
ご主人は狩猟や鮎の免許を持っていて、全部地で獲れたものか、自分が採ったものしか使わないというこだわり。

鮎やきのこ、そして、海の幸。
この最果ての輪島で生きていくためには歴史的に必然だった地産地消を、この便利な時代となった今でも、当たり前にこなしているご主人が素晴らしい。


問わず語りの会話から、ご主人は愛知県の出身だと教わりました。
輪島の旅館の手伝いから、平成に入って独立したそうです。
66才だと聞き、そんな感じだろうなとは思っていましたが、実にお元気。


「最後は雑炊にしましょう」
と、もう一度ご主人が鍋を引き取り、きちんと仕立てて、再び出してくれました。


ちょっと食べ過ぎですが、美味しいからいいのです。


奥さんがお店の玄関まで見送りに来てくれました。
風雪の厳しい奥能登の海沿いらしい、二重ドア。


地元の人はもちろん、旅人も優しく包み込むこの店の魅力は、ネタも料理もさることながら、このご夫婦にありと感じました。
旅先での素晴らしいお店との出会い。
身体が温まったのは、きのこ鍋のせいだけではありませんでした。



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